創建縁起

ゆかりの人物

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恵運寺ゆかりの人物

山本勘助 甲斐武田家家臣

当寺開基山本家との関わり深く、開基長昌公が嫡子茂春(図書公の父)は、頼宣公より勘助続柄の者として武功にあやかるため「山本勘助」を名乗るよう御諚を受けたと書物にあります。
ちなみに「図書」は「勘助」の父とする系譜があり、当山開基山本家は親子二代で徳川家より山本勘助家の名を名乗ることを許されたと予想されます。

徳川頼宣 紀州徳川家初代藩主

南龍院殿二品前亞相ギ永天晃大居士

紀州徳川家初代藩主徳川頼宣公なくして当寺の創建は考えられず現在も位牌堂にて頼信公のお位牌をお祀りし、お命日の1月10日には供養会を厳修しております。

新田神君(義貞)南北朝時代の武将

当山守護新田開運守護神として祀る

新田義貞公の守り本尊(弘法大師作十一面観世音菩薩の鋳仏)を、当寺本尊十一面観世音菩薩の胸中に納めております。
倒幕武功をたてた折の守り本尊として開運守護の霊験あらたか、よって当寺は義貞公を鎮守とし、毎年五月に開運祈願会を行っています。

菅原道真(天神様)

当山鎮守天満大自在天神として祀る

(当山開基)長昌公山本弥三郎茂成は菅原道真の第24世の子孫なり(享保14年開基由来記より)